育児

自尊心を育てよう

 この手の書籍は十分に出版されているし、「自尊心の育て方」で検索すれば、星の数ほどヒットします。自尊心を育てるためには、親がその子供の存在を唯一無二であると認め、その存在がすばらしいものであると伝え続ける必要があります。そして、親の行動が、彼らの成長を妨げてはなりません。

 子供と自分は違う人間であることを意識しよう。
 子供がなにか失敗したら、なぜ失敗したのかを一緒に考えてあげよう。
 子供の「なぜ?」にちゃんと答えてあげよう。
 子供の手本になるように、まず自分からやって見せよう。
 子供から失敗の機会を取り上げないようにしよう。
 子供のプライバシを尊重しよう。

 アダルトチルドレン(以下、ACという)という人たちが居ます。オトナになりきれないコドモではありません。実はACという言葉はあまり認知されていません。興味のある方は、ウィキペディア等で調べてください。ACは世代を超えて伝染します。加藤智大容疑者が典型的なACであることは間違いありません。自分の子供に限って!というのは親であれば当然の感覚ですが、加藤容疑者の両親もそう考えていたと思います。今、あなたの前に居る子供のことを、あなたはどれだけ知っていますか?暴走事件が起ってからでは遅いのです。子供の自尊心がどのくらいのものであるか、自ら子供と対面して確認しましょう。

 もしあなたがACであった場合、それをお子さんに告げ、一緒に考えましょう。自分がACであることを自覚するといろいろな悩みが解決する場合があります。

 社会の闇や派遣社員の待遇よりも、治外法権の家庭内で繰り広げられる精神的・肉体的暴力の方が明らかに深刻なのです。第二の加藤容疑者を育ててはならないのです。

今日のブログは、自身の戒めのために。

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俺がルールだ!?

 IKEA(イケア)という巨大な生活用品倉庫がある。港北店は、平日でも新横浜駅から一時間に2本もシャトルバスが出ているので、ご存じの方も多いと思う。コストコは年会費が必要なので、貧乏性の私には敷居が高いのだが、イケアはふらっと行って、広大な倉庫内をぶらぶらして、格安のホットドッグとソフトクリームを食べて帰ってくるだけで楽しい。うちの家族にはすこぶる評判がよく、予定がない週末にはよく出かけている。

 店内をうちの息子共が走り回るのを、後ろからぶらぶらとついて行くのだが、所々でよく見かける光景がある。子供を叱る親だ。この場合「叱る」という表現は間違っている。親は明らかに怒っていて、子供に怒りをぶつけている。なにをそんなに怒っているのだろうか、つぶさに観察するわけにもいかないが、たいていの場合は、ごくごくつまらないことだ。いつの間にか居なくなったとか、子供のためにあるタッチパネル式のゲームが組み込まれた柱から動かないとか、中には家具を触ったというだけで怒っている不思議なお母さんを見たりする。私は入店前に、息子たち(5歳と2歳半)に入店後の約束事(ルール)を必ず復唱させる。ルールは簡単。「お父さんとお母さんが見えていれば、どこで遊んでいても良い。」だ。2歳半のまだワカランチンな次男はともかくとして、長男はよほどのことがない限り、このルールは破らない。もちろん、ルールを守れない場合もある。しかし、守れないのは、ルールを破ろうとしたからではなく、それを守れる状況になかったことによるものだ。冷やかしとはいえ、魅力的な家具や商品が並んでいるから、私もそれに気を取られ息子たちから目を離す。息子たちだって、空いているゲーム機を見つければ、われ先に!と人混みへと突進する。つまり、親も子供もお互いがルールを忘れた時に「約束を破った」となるわけだ。こうなると通常、親は子供を叱る。否、それこそ怒り心頭だ。お互いのルールなのに、子供たちが悪い!となり、有無を言わさず怒声を浴びせるわけだ。しかし、よく考えると(よく考えなくとも)こんな理不尽なことはないのではないか?

 親と子供の間には、少なからず依存がある。支配関係とも呼べる。子供は親を選べない。怒られないようにするには、唯一無二のその親に迎合するしかない。自分自身がまだ完成していない子供たちは、親の怒りに敏感だ。生きていく上で、必ずその親が必要だからだ。嫌われたりすれば、それこそ行き場がなく、自分独りでは生きていけないと思い込む。支配し、支配されて安定する関係を「共依存」という。いつも怒声ばかりの親の下では、子供の自尊心が育たない。暗い目をして怒られている他の子供たちを見るたびに、自らの襟を正す。よって、息子が居なくなった場合、私は必ず「息子と交わした」ルールを思い出すようにする。「ぼくたちが見えていれば、どんな商品を見ていてもいいよ。」という彼らが私に課すルールだ。私にとって息子たちは、決して奴隷や付属物ではない。いなくなったこと、目を離したことをお互いに反省するようにしている。私とてそうできた親ではないのだから。

 そういえば、イケアの近くには、NEC横浜事業場跡にできた「ららぽーと横浜」があるのだが、女房、息子共ともに、こちらにはとんと興味がない。私といえば、パンや焼き肉やハンバーグやソーセージやチーズの試食にぜひともよって帰りたいのだが。一番の楽しみの酒の試飲は、息子どもが自動車免許証を取得するまで楽しみに取っておくことにする。親も自らを戒める謙虚さを持って愛情豊かに育てれば、成人してもたまには相手をしてくれるようになるだろう。ららぽーとくらい、いつでも連れて行ってくれるわい、とほくそ笑む姿を想像しつつ、今日もハンドルを左へ切るのであった。

※学術用語ではない。詳しいことはWikipedia等で調べてほしい。

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