映画・テレビ

世界のミフネ

「桶屋!棺桶ふたつ!!いや、たぶん三つだ」ズンズンチャ、ズンズンチャ、、、

 用心棒・三船敏郎が二人の凶状持ちを切り捨て、ジェリー藤尾の左腕を切り落とした後、居酒屋の前でおびえている棺桶屋に叫ぶシーンは、本作の数少ない殺陣を引き立てる最高の演出である。このシーンでもう、観て良かった!!と満足してしまう。現代の俳優でこんな格好イイ役ができるのは、佐藤浩市か木村拓哉くらいだろう。そうそう、用心棒の本間先生は高橋克実、卯之助は是非、阿部寛かオダギリジョーに演じてもらいたい。用心棒のリメイクは無理かも知れない(やらない方がいいと思う)が、実現したあかつきには、是非とも採用候補に加えてもらえないものだろうか。

 本作の続編とされる椿三十郎もすばらしい。2007年にリメイクされたので、そちらをご存じの方も多いだろう。三船敏郎の椿三十郎は最高である。しかし、新作の織田裕二の「椿三十郎のモノマネ」も立派なものである。ごくまれではあるが、織田裕二には三船が降臨しているのではないかというくらいびっくりする台詞回しがある。しかし、台本が前作とまったく同じであるため、台詞の言い回しにどうしても古さを感じてしまう。他の若い役者がそれなりに今時の台詞回しをするので、織田のモノマネが浮いてしまうのである。まあそう言っても、台詞でいえば前作では全く逆で、若大将と青大将が浮いていたっけ。

 演技については、冒頭、若侍を助けた後の金の無心(演技にはマッタク非がない)と、もうすぐ四十郎ですがと紹介するシーンでは、どうも青島刑事を思い出してしまう。抜群の演技力なのだが、どうしても織田裕二の人の良さが見え隠れするのである。また、半兵衛に「出直してくる」と背を向けるシーンでは、どうしても後ろの豊川悦司が「ちらっチラチラ」とやりそうな気がして笑ってしまう。

 オリジナルを大事にすることも重要だとは思うが、現代の映像技術やアイディアで、オリジナルを出し抜く作品を作ってほしいものだ。例えて三船敏郎が日本刀だとすれば、織田裕二は堺一文字の万能包丁(これはこれで大変高価)である。同じ土俵では、逆立ちしても三船敏郎や仲代達矢を超えることはできない。ただし、こうは書いてもオールキャスト。現代の最高クラスの俳優陣がそろっている。「椿三十郎」を初めて観る方は、まずはじめにこちらの新作を観ても決して損はしない。

 余談だが、レッド・サン(1971仏)という映画がある。アメリカ西部で、盗まれた大統領へ献上する為の宝刀を強盗団から奪い返す話である。なんと、三船敏郎とチャールズ・ブロンソンとアラン・ドロンが競演するというトンデモ映画である。くそまじめで融通が利かないが、めっぽう腕が立つサムライ黒田重兵衛と仲間に裏切られた強盗リンクの珍道中。「007は二度死ぬ」で、丹波哲郎が007(ショーン・コネリー)と競演したのもすごいと思うが、とうていこれにはかなわない。賛否両論、時代考証なんてくそくらえ。漢(オトコ)は黙って、刀でピストルと対峙する世界の三船たる貫禄十分の演技にクラクラしてほしい。

 そうそう。クルル曹長の「俺にいわせりゃあ」は、三船敏郎のパクリなのだろうか。知っている方がいたら、是非ともご一報ください。

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これでいいのかNHK!?

 NHKは嫌いではない。民放なら、絶対にチョイスしないネタを取り上げ、番組にしてくれるからである。NHKスペシャルの「宇宙」や「生物」は、特によい。最新(であろう)ネタをちりばめ、高価なCGを駆使し、科学番組とはこうあるべきだ!と王道をゆく。視聴率と採算の問題で、民放ではこうはいかないだろう。ただし、その分野の専門家がみた場合、私の感想とはほど遠く、辛い批評が出るかもしれない。しかしまあ、そう目くじらを立てることもあるまい。テレビ番組など、そんなものだ。

 日本放送協会は、公共放送を運営する特殊法人である。国営の放送機関ではない。かの忌まわしき受信料の徴収によって運営されている。放送法により、広告収入が禁止されているためだそうだ。受信料については、ちなみに我が家は年払いで払っている。「いないいないばあ」や「ピタゴラスイッチ」をみるためには致し方ない。そういえば、テレビはないけれどワンセグ携帯を持っている人は、受信料を支払わなくてはいけないのだろうか?

 NHKの不祥事は絶えないが(絶対になくなりはしない)、最近気になることがある。ドキュメンタリで特に思うのだが、どうも考察が薄っぺらいような気がする。要するに、なにを本題にしているのか?間違った解釈で作っていないか?というチェックがなされていないように見える。演出に明らかに推敲不足の感がある。2007年9月17日(月)にオンエアされた、NHKスペシャルにっぽん家族の肖像4「明日へのいのち~12年目の震災遺児」を見て、いいようのない不安を感じた。
《NHKのHPから抜粋》
阪神淡路大震災から12年。親を亡くした子どもたちは、成人し今、新たな家族を築く。遺児同士で結婚した夫婦が心の傷を乗り越え、新たな命を授かる感動のドキュメント。
親の愛を震災によって突然断ち切られ、そのことで親への思いを募らせてきた子どもたち。自分たちが家庭を築くとき、亡き親の思いをどのように受け止めていくのか。
出典<http://www.nhk.or.jp/special/onair/070917.html>

 震災遺児の女性が登場し、同じ遺児の男性と結婚し、子供を産み母親になるまでの経緯が描かれている番組だ。震災によって突然親がいなくなるという絶望感は、経験したものでないとわからないだろう。実際、私もわからない。だから、あの番組をみたら、震災によってそうなってしまった、かわいそうな人なんだ。でもがんばってるんだな、という気持ちになると思われる。しかし、私はそう思えなかった。彼女は震災によって心を閉ざしてしまったのかもしれないが、決して震災だけが原因ではない心の闇をもっているのである。その闇とは、なにか。

 親(もしくは、その近縁)による虐待である。

 痛みに対して異常なくらい恐怖する。昔の写真に記憶がない。自尊心が感じられない。夫に子供を堕ろすことを決めてほしい旨のメールを送りつけて不安にさせ、気を引こうとする。家族感の喪失。典型的なアダルトチルドレン(AC)※である。後半、産み終えた後の彼女の叫びは(演出が意図しているであろう)震災遺児としての彼女自身の叫びではなく、彼女がパニックに陥った時に出現するインナーチャイルドの叫びなのである。ちょいと知識がある人ならすぐに気がつく彼女の特質を、震災遺児というオブラートで包んで、白日の下にさらしているのだ。その無神経さにゾッとした。いったいなにが感動だというのだろうか。震災遺児を不幸に見せるための悪質なキャスティングと演出。これははっきり言って震災遺児のドキュメンタリなどではない。天下のNHKさんよ、本当にこれでいいのか?

 今し方ニュースで、父親をオノでメッタ切りにした16歳少女の事件を聞いた。彼女もまた、ACである。このヨノナカ、ACでないひとを探す方が難しいのではないか。時として家庭は、外界から完全に隔離された、治外法権の牢獄となる。その牢獄には「親」という暴君が居座っている。暴君に絶対服従しなくてはならないかわいそうな子供たちの叫びは誰にも聞こえない。滝川クリステルはきれいだなあ、なんて悠長なことをいっている場合ではない。私もそんな親にならないように、息子たちを愛情いっぱいに育てなければならない。今一度、パンツのゴムを引き締める、秋の夜長であった。

※アダルトチルドレン、インナーチャイルドは、wiki等で調べてほしい。

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