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千葉県柏市一家殺害事件

「おじいちゃん、おばあちゃんはいつもニコニコしていてやさしい」

 これは世界中の様々な誰かによって作られた嘘のイメージである。高齢者=もののわかった大人である、というのは全くの嘘っぱちだ。

さて、今回は、キレて惨殺した木内芳雄容疑者(以下、彼という)である。

 現在70~80歳といえば、昭和初期、戦前に生まれ育った人たちである。明日もわからない時代である。みんなが毎日「自分が生きるためだけ」に必死だったはずである。その家の長男は大事にされ、それ以下はどうでも良かった時代である。おそらく、親に愛情のかけらももらえなかった乳飲み子が星の数ほどいたに違いない。泣いても泣いても誰も抱いてくれず、相手にされず、その子の心の中に絶望が生まれたに違いない。物心ついた頃には戦争だ。疎開で田舎の親戚の家に預けられ、邪魔者扱いにされたに違いない。戦後の青春もなにも、生きることに必死だったに違いない。この時代の家族環境は、存在を無視するか否定するしかできない現代の親による機能不全家族と同じような状況が多かったはずだ。

 秋葉原事件の加藤容疑者と同様、彼にもまた、自尊心がない。自我がむき出しになっているため、否定されると恐怖を感じる。彼の恐怖はすぐに怒りに変換される。なぜなら、怒って相手を威嚇することで、自分の自我を守ろうとするからである。彼は怒ることでしか自分を守れないのである。孫に対して暴力をふるっていたともきく。怒りと暴力は常に(自分より)弱者に対して向けられるからである。ただし、家の外部では借りてきた猫のようにおとなしかったのではないか。

 加藤容疑者は、携帯へ依存し、書き込むことで自身の暴発を防いでいたが、結局、書き込むことで秋葉原事件に自分を追い込んでしまった。彼もおそらく、殺人実行の前に、妻か息子たちとの間に諍いがあったに違いない。邪魔者扱いされ、追い込まれ、ついに犯行に及んだのだろう。「全員を殺せば楽になると思った」と供述しているという。自分を攻撃する人たちがいなくなるのだから当然である。妻には馬鹿にされ、息子たちには疎まれ、彼の日々はおそらく地獄であったに違いない。被害者には申し訳ないが、被害者(主に妻)が自らが招いた結果である。

 しかし高齢者の犯罪は、往々にして情報が少なく、判断材料がない。察するに、大人が起こした事件と「勝手に解釈」してマスコミが取り上げないからである。加藤容疑者と彼の差は、若年か高齢であるかだけの差なのに。

 遅い時間のニューズ番組で、コメンテータが、孤独であるが故「かもしれない」とコメントしていた。番組で分析をするなら、有識者に依頼してほしいものだ。孤独だったことに間違いはないが、秋葉原事件と同様、社会問題と称して「老人の孤独」が取り上げられるのか。だとすると、ウチのマンションの四階に住むおじいちゃんがかわいそうである。

 そうそう、今日のニュース番組の中で「いつも叱られますけれど、、、」と前置きして、キャスターが少し控えめにコメントした。マスコミというのは、事実を正確に伝えるべきであって、推測や感想はうさんくさい評論家や専門の先生達に任せ、批判を浴びたら彼らのせいにすればよい。きょう日のマスコミ批判の中でいいにくいことがたくさんあるのは理解できるし、毎日その局面に対峙している彼らの精神力は尊敬に値する。だからなにも自分でかぶる必要はないのに、と思うのだが。

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